武田豊樹 共創の原点

2017年06月28日

スピードスケートのトップ選手から競輪界へ転身、そして押すに押されぬ競輪の第一人者として輝きを放ち続ける、武田豊樹選手はワットバイク・トレーニングの具現者です。武田選手が本格的にワットバイクを使い始めてから4年が経過しました。その間、Wattbikeは全社を挙げて武田選手のパフォーマンス向上へ取り組んできました。「勝つためには一切の妥協を許さない男」と試行錯誤を繰り返してきました。そのストーリーの一部を当サイトから不定期にお伝えしていきます。

 

武田豊樹選手が超一流のアスリートであることは万人が認めるところですが、そのキャリアは類を見ないものです。スピードスケート選手として高校時代から頭角を現し、その後、紆余曲折の末、2002年のソルトレイクシティ・オリンピックでは500M8位入賞、更にワールドカップでの優勝を重ねて次のトリノオリンピックではメダル獲得が有望視されていました。ところが、そのさなかに日本競輪学校に入学、30才で競輪選手としてデビューしました。その後の競輪界での活躍については言うまでもありません。

 武田選手がワットバイクを購入してトレーニングを開始したのは20138月です。当時、競輪界最強とも評されていた武田選手が何故、全く新しいことへの取り組みを始めたのでしょうか。武田選手は当時のことを次のように述懐しています。

「競輪界に入ってからは体系だったトレーニング指導を受けたことは一度もありませんでした。また、正しいかどうかの裏付けがあるトレーニングをしたこともありませんでした。それでも若いころは勢いでやっていくことができました。30代後半になって、もう無駄なことはやりたくないという思いが強くなってきました。そのためにはトレーニングの数値管理も必要でしょうし、とにかく正しいことをやりたい、と考えるなかでワットバイクに辿り着きました。」

 

それから僅か1か月後の20139月。武田選手はワットバイク誕生の地、イギリスにいました。本格的にトレーニングに取り入れるにあたってワットバイクの何たるかを知るために渡英したのです。武田選手はスケート選手時代の一時期、環境と指導者を求めて単身でカナダに渡り長期間、カルガリーに拠点を置き競技生活を送っていました。時々、同級生の清水宏保選手が練習に合流することもありましたが基本的に自分ですべてのマネジメントを行っていました。このスケート選手時代の出来事とワットバイクを知るためにすぐに渡英したことは武田選手の行動哲学をよく表すものです。

 

イギリスでは、Wattbike専属スポーツ科学者、エディー・フレッチャーとのセッションがハイライトでしたが、それ以外にもマンチェスターのイギリス自転車連盟を訪問してCEOのイアン・ドレイク氏やナショナルコーチと面談しました。また、Wattbike欧州スタッフの中にはボート競技の金メダリスト、ナショナルコーチ経験者が多くいて彼らとの交流の機会も持ちました。武田選手は「本場を感じさせる刺激的な日々だった。」と語っています。

 

エディー・フレッチャーとのセッションは武田選手にとって非常に有意義なものになりました。ワットバイクでのスプリントテスト、エアロビックテスト、ペダリングテスト等から武田選手の能力診断を行いました。また、十分な時間をかけて話し合いを行い、武田選手のこれまでのトレーニング、現状、目的、目標、そして日本の競輪レースの特異性についてなど関係者間で認識共有を行いました。

スプリントテストにおいて2000ワット超のピークパワーを記録しましたが、このセッションを通じて浮き彫りになったのは、武田選手が潜在能力通りのパワー出力、および出力維持をできていないこと、言い換えるとトレーニングの改善でその部分を向上させることが可能であろうということでした。これには複合的な要因がありますが、その一つとしてパワーとはスピードと力の積ですが、当時の武田選手は力への依存が過大で本来発揮されるべきスピードが発揮されにくい状態にありました。一方でペダリング技術は非常に高いレベルにあることが確認されました。

このときのことを後日、武田選手は自身のブログ(「競輪ステーション」サイトに寄稿)に次のように記しています。

「ここでの結果は意外なものでした。自分自身はパワーのある選手だと思っていて、技術面こそ改善すべき点があると考えていました。(中略) そして、この結果は独自で行っていたトレーニングが効果的ではなかったことを証明するものになってしまいました。予想だにしない結果でしたが、あまりにも的確な指摘を受けたことと自分が信頼できる相手からのアドバイスだったこともあり、この現実を素直に受け止めることが出来ました。(中略)直接エディー氏の下で指導を受けられたのはこの1日間のみでしたが、これまでの競輪人生の中で一番濃密な1日になりました。」

 

結果的に、このセッションが武田選手とエディー・フレッチャー/Wattbike社がその後、共に歩む長い道のりの始まりになりました。この日以来4年間、武田選手が行うワットバイクでのトレーニングはエディーが作成するプログラムに基づき行われています。

具体的には、まず武田選手のレーススケジュールに合わせて一定期間のプログラムを作成します。そして、すべてのワークアウトはExpert Softwareを通してエディーおよびWattbike関係者間で共有されて分析評価、現状把握、フィードバックのうえ次のプログラム作成に生かされます。もちろん武田選手が出走した全レースのビデオは日英間で共有されています。

このように9500kmの距離を乗り越えて協調体制が作られています。しかしそれはITを介してのデータ交換のみで構築できるような簡単な話ではありません。武田選手とエディーおよび関係者はこれまで膨大な時間をかけて、意見の対立を恐れずに率直な話し合いを積み重ねてきました。そうして出来上がった相互理解は距離を克服して今、堅い土台になっています。

武田選手が4年前のイギリス訪問をきっかけに、どのようなトレーニングに取り組んできたのかにつきまして、後日紹介します。


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